大腸・肛門の病気について

大腸がんに対する腹腔鏡下手術

国際医療福祉大学市川病院

消化器外科

藤井 正一

 

 腹腔鏡下手術という言葉を見聞きしたことがおありかと思います。この腹腔鏡を使った方法での大腸がんの手術が近年増加しています。ここでは腹腔鏡とはいったいどんなものなのか、なぜこの手術が増加しているのか、利点や欠点は何か、歴史的な経緯や治療成績の紹介など大腸がんに対する腹腔鏡下手術について概説します。

 

腹腔鏡とは

 腹腔とはおなかの壁(腹壁といいます)の最も内側にある腹膜よりも中の部分を指します。われわれの腹腔には胃や腸、肝臓、膵臓、胆嚢などの内臓が入っていますが、通常ではその臓器と臓器の間に空気(気体)は存在していません。気体があるのは胃や腸などの管空臓器の管の中だけで、臓器と臓器の間に気体がある状態は胃や腸に穴が開いていることを疑う異常事態です。腹腔鏡下手術ではこの腹腔に人工的に気体を入れて手術操作を可能にする空間を作る気腹という処置を行います(図1)。そして腹壁に小さな穴を開け、この穴から腹腔内を観察する専用のカメラのことを腹腔鏡と言います。手術操作では高熱を発する器具を使用するため、引火を起こさない二酸化炭素ガスで気腹を行います。近年は腹腔鏡の技術的進歩は目覚ましく、胃カメラや大腸カメラのように先端を自由な方向に曲げることができるフレキシブルスコープや、ハイビジョンや4K画像、3Dカメラといった高精細度の画質で腹腔内を観察できるものや立体的に見える機器も開発され、肉眼では見分けにくい微細な腹腔内の膜や血管もよく見えるようになりました。さらに赤外線腹腔鏡という特殊な性能を持った機器も登場し、ICGという薬剤を使用して血液やリンパの流れを観察しながらの手術も行われるようになり、日々進歩を続けています。

 

図1 気腹

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大腸がんに対する腹腔鏡下手術の歴史

 1991年に世界で初めて米国で大腸がんに対する腹腔鏡下手術が報告されました。以来、日本にも導入され、臨床研究として先進的施設で行われていました。1990年代の後半に良性疾患や早期がんまでの制限つきで健康保険の適応ができるようになり、さらに2000年代の前半にすべての大腸がんに適応拡大がなされ、全国的に急速に広がりました。2016年の日本内視鏡外科学会による全国アンケート調査によると、全大腸がんの62.8%に腹腔鏡下手術が施行されていました。

 

腹腔鏡下大腸がん手術の手技

 標準的な開腹手術では病変の部位にも拠りますが、おなかの中心を縦に15~25cm切開し、腹腔内を十分に観察もしくは肝臓などへの転移がないか触診も駆使して手術操作します。これに対し腹腔鏡下手術は多くはへそに小さい切開を行い、トロッカーという筒状の器具を腹壁に設置します。二酸化炭素ガスで気腹し腹腔内を十分に観察し、腹腔鏡下手術の遂行可能であるとの判断となれば3~4本のトロッカーを追加して腹壁に設置して手術を行います。鉗子と呼ばれる専用の長い器具を用いてモニター画面を見ながら臓器を操作します。組織を切る、血を止めるなどの腹腔鏡下手術専用の機械や、腸管の切断や縫合を行うための縫合器も腹腔鏡下手術専用のものを駆使して手術を行います(図2)。

 

図2 腹腔鏡下S状結腸切除術

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腹腔鏡下手術の利点・欠点

 利点はお腹のきずの大きさが開腹手術に比べて非常に小さいため、低侵襲であることと整容性に優れていることです。多くの臨床研究の結果から手術の痛みが少ない、腸管機能の回復が早い、入院期間が短い、通常の生活に戻るまでが早い、合併症が少ないなどの報告がなされています。臓器の微細な構造物を高画質で観察できるため、丁寧な手術操作が可能となり、その結果として出血量も少なくなります。直腸がんなどの骨盤の深いところでの手術操作を必要とする場合では、開腹手術では非常に見にくく場合によっては執刀医しか見ることのできないような場所も、腹腔鏡により細かいところまで手術に参加する全員でよく観察できるため、より正確な手術の遂行に有利であるとも言われています。整容性に関しては客観的指標があまりありませんが、われわれの経験からは20cmほどのきずと4~5cmのきずをくらべれば、手術時にはあまり気にされていなかった患者さんでも後日きずが小さいことを喜ばれます。これに関しては若い女性患者に限らず、男性でもどの年齢層の患者さんでも同じです。また一部施設で適応を限定して行われている単孔式手術ではきずが1ヵ所だけとなり、整容性に関してはより有利な術式もあります(図3)。

 欠点は何と言っても簡単な手術手技ではないということです。これは開腹手術が簡単であるという意味ではありません。開腹手術も外科医が安全で確実な手術ができるようになるまでは相応のトレーニングが必要となりますが、腹腔鏡下手術では特有のトレーニングが必要です。腹腔鏡下手術では実際におなかの中に手を入れて臓器を触ることはできません。モニターを通し専用の器具を駆使して操作する必要があります。実物は3次元の構造物を四角いモニターに映る画面を理解して、操作する手術器具の選択から器具への力のかけ方、距離感、万が一出血が起こった場合の対処の方法など、高度の知識、技量が必要となります。多くの臨床研究では腹腔鏡下手術は「低侵襲である」と結論付けていますが、唯一手術時間に関しては開腹手術よりも長いと報告しています。またあまりにも大きいがんや、膀胱や肝臓など他の臓器にがんが直接浸潤するような局所の高度浸潤がんも現時点では腹腔鏡下手術を行うことに安全性は確認されていません。

 

図3 きずの比較

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治療成績について

 国内、海外から多くの臨床研究が報告されています。そのほとんどが腹腔鏡下手術は開腹手術にくらべて、手術時間は長いが出血量が少なく、合併症も少ない、入院期間も短いという低侵襲を示す結果でした。またがんの根治性という最も重要な事項に関しては、生存率に差がないという結果でした。わが国では日本臨床腫瘍グループ(JCOG)の大腸班が全国のがん専門センターや大腸がん治療を専門にしている大学病院の外科医が共同で行った、多施設共同無作為試験という臨床試験の最終結果が2017年に公表されました。これは進行結腸がんを対象にした世界唯一の比較試験で、それによると、腹腔鏡下手術は開腹手術よりも手術時間は長いが出血量、合併症は少なく、入院期間が少なかったという結果でした。また生存率は同等であったと結果で、この研究者たちの結論では進行がんに対しても腹腔鏡下手術は選択しうる治療法であるとの見解を述べています。

 

最後に

 大腸がんに対する腹腔鏡下手術の概略を述べました。腹腔鏡下手術は低侵襲であり患者さんにとって有益な治療法であると言えます。しかし、手術治療の標準はあくまでも開腹手術です。途中でも述べたように腹腔鏡下手術は技量や経験が結果に大きく影響を及ぼします。大腸がんに対する腹腔鏡下手術に関しその利点・欠点をきちんと説明することができること、あくまでもがんの根治を目指しその遂行に腹腔鏡下手術が有用な手段のひとつであることを主眼におく医療機関での治療をお勧めします。

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