一般社団法人 日本大腸肛門病学会

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大腸の病気

直腸癌に対する放射線療法について

最終更新日: December 19, 2023

がん・感染症センター 東京都立駒込病院大腸外科 川合 一茂


直腸癌と結腸癌の違い

 大腸の中でも肛門に近い15から20cmほどを直腸といいます。ここに出来た癌を直腸癌といい、大腸癌全体の約4割がこれにあたります。直腸は骨盤という骨に囲まれた狭い空間にあり、周囲には女性なら膀胱・膣や子宮、男性では膀胱や前立腺などの重要な臓器、また排尿や性機能を担う神経が豊富にあります。直腸癌の手術では多くの場合周囲の臓器や神経は温存し、直腸と周囲のリンパ節だけを切除します。
 しかし進行した直腸癌の場合、手術で取り除く領域の外側まで小さな転移がおきていることがあります。こういう小さな転移が手術の時には見つからず残ったままになると、手術の後にこれが徐々に大きくなり再発の原因となることがあります。これを局所再発と呼びます。結腸癌ではこの局所再発がおきることはあまりありませんが、直腸癌では約4%の患者さんに局所再発が発生します。

図

局所再発を防ぐための2つの治療法

 局所再発は癌を取り除いた部位のすぐ近く、骨盤の中に発生します。局所再発を切除するためには骨盤内の重要な臓器を一緒に取らなければいけないことも多いため、手術の侵襲が大きく術後の生活の質も下がることが多くなります。また再発の場所によっては再手術による切除が難しい場合も少なくありません。このため最初の手術の時にいかにこの局所再発を予防しておくかがとても大切です。
 この局所再発を防ぐために大きく分けて2つの方法が行われています。1つは側方郭清といって局所再発を起こしやすい骨盤の壁近くのリンパ節をあらかじめ切除しておく方法です。この方法は日本を中心に広く行われ局所再発を減らすのに有効ですが、手術が煩雑で手術時間が長くなり、また取り除いたリンパ節以外の場所におきる局所再発は防げません。もう一つが手術の前にあらかじめ放射線治療を行っておく方法です。これは欧米を中心に広く行われ、骨盤に広がった小さな転移を押さえ込む非常に有効な方法であることが分かっています。ただ手術の前に一定の治療期間が必要となります。近年では日本でもこの直腸癌術前の放射線治療を行う施設が少しずつ増えてきています。

術前放射線療法と術前化学放射線療法

 手術前の放射線治療には大きく2つのやり方があります。1つは短期照射といって1回あたり比較的多めの放射線を5日間かける方法で、多くの場合放射線終了から1-2週間で手術を行います。もう一つは1回あたりの放射線量は少なくし、1ヶ月半ぐらい通院しながら長期に渡って少しずつ治療を行う方法です。この場合放射線の効果が現れるのにも時間がかかるため、放射線治療が終わってから2ヶ月程度たってから手術を行うのが一般的です。
 また特にこの長期間の照射の際、放射線治療だけを行うのではなく放射線と同時に抗癌剤投与などの薬物療法を行うことで放射線の治療効果を高めることができることが知られています。これを化学放射線療法と呼びます。いろいろなやり方がありますが飲み薬の抗癌剤を放射線治療と同時に内服する方法がよく行われます。化学放射線療法の後手術を受けた患者さんのうち15%程度の方では癌が完全に消失していることが知られています。

化学放射線療法の例

化学放射線療法の例

治療が非常に良く効いた場合、腫瘍がほとんどなくなってしまうこともあります。

治療前
治療前

治療後
治療後

新しい術前放射線療法、Total neoadjuvant therapy

 このように手術だけでなく放射線療法・抗癌剤治療などを組み合わせて治療することを集学的治療と呼びます。近年、欧米を中心にTotal neoadjuvant therapy(TNT)という新しい集学的治療が行われるようになってきています。これは従来の放射線治療や化学放射線療法の前や後に抗癌剤などの薬物療法を一定期間行い、その後に手術をするやり方です。従来の化学放射線療法と比べて治療効果が高いことが期待されていますが、放射線治療として短期の照射と長期間の照射のどちらが良いのか、用いる抗癌剤は何がよいのか、抗癌剤治療を放射線治療の前に行うのがいいのか後がいいのかなど、まだ結論は出ていません。

Total neoadjuvant therapyの例(他にも様々な方法があります)

Total neoadjuvant therapyの例

放射線治療に関するQ&A

Q1. 直腸癌に放射線治療を行うのは手術の前だけでしょうか?

A1. 手術で癌が取り切れず、残っていることが疑われるような場合には手術の後に追加の治療として放射線治療を行うことがあります。また前述のような局所再発に対しても放射線治療を行う場合があります。さらに近年では放射線治療の一種である重粒子線治療や陽子線治療などの粒子線治療という方法で再発の治療を行うこともあります。粒子線治療は正常な組織への放射線障害を最小限にとどめ、患部をピンポイントで治療できるとされています。

Q2. 術前の放射線治療の副作用にはどのようなものがありますか?

A2. 下痢と肛門の痛みが多くの患者さんでみられ、また食欲不振や倦怠感、白血球減少などもおこることがあります。ほとんどの方は治療が終了すると2~4週間で改善します。抗癌剤を投与する場合はその他に吐き気など抗癌剤に伴った副作用も起きることがあります。また放射線治療により性機能や生殖機能、肛門機能が落ちたりすることもあります。治療から数年後に放射線があたった場所の腸に腸炎や腸閉塞が起きることもあります。

Q3. 放射線治療がとても良く効いたら手術をしなくても良いでしょうか?

A3. 化学放射線療法やTNTなどが非常によく効いた患者さんでは、その後手術をして患部を切除し調べてみると癌が完全に消えていることがあります。これを病理学的完全奏効といい、このような患者さんに対しては手術をしなくてもよいのではないか、という考え方もあります。術前治療が終わり手術を受ける前に検査をして癌がほとんどなくなっていたような場合には、そのまま手術をせずに様子を見るという試みも行われており、全体の2割ぐらいの患者さんではそのまま手術治療を回避できると言われています。ただ手術をせずに様子を見た患者さんの2-3割はそのうちにまた癌が大きくなり最終的には手術が必要となるため注意が必要です。

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