一般社団法人 日本大腸肛門病学会

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排便障害

直腸癌術後の排便障害

最終更新日: January 20, 2022

関西医科大学総合医療センター外科 吉岡 和彦


はじめに

 直腸癌に対する手術の目的は癌を取り除いて命を救うことですが、手術後にはそれと引き換えに、どうしても避けることのできない不都合なことが起こることがあります。たとえば排便の回数が増えたり、便の漏れが起こったりするいわゆる「排便障害」がおこることがあります。
 実際に、診察室で患者さんによく質問される内容に沿って説明します。

Q)どんな手術を受けた場合に排便障害がおこるのでしょうか?

 直腸癌に対して行われる手術にはお腹から直腸を切除する手術と、肛門から腫瘍だけを取り除く手術があります。直腸を切除するのは低位前方切除術と肛門括約筋の一部を切除する肛門括約筋切除直腸切除術(ISR)という手術です。肛門から腫瘍だけを切除するのは局所切除と呼ばれます。これらの中で排便障害が起こるのは低位前方切除術とISRです。局所切除では一般的には排便障害は起こりません。

Q)なぜ直腸癌の手術を受けると排便障害がおこるのでしょうか?

いくつかの理由があります。

  1. 直腸が無くなる:それまで便を溜める働きをしていた直腸に癌ができて、それを切除する手術を受けるので手術後はその場所が小さくなることで、働きが弱くなります。
  2. 肛門括約筋が傷つく:肛門の周りにある括約筋を、手術のときに切除することがあります。そのため、手術前は肛門を締める働きをしていた筋肉が一部あるいはすべて無くなることにより便が漏れるなどの症状が出やすくなります。
  3. 神経の損傷:手術の際に、癌を確実に切除するために、肛門に向かう神経の一部を同時に切除しなければならないことがあります。それによって排便の働きが低下することもあります。

Q)直腸癌の手術を受けると必ず排便障害が起こるのでしょうか?

 手術を受けたすべての人に排便障害が起こるわけではありません。しかし、一般的には、手術のときに、直腸を切除した後に、もう一方の腸をつなぎ合わせます。そのつないだ位置が肛門に近いほど機能障害がおこる確率は高くなります。距離が非常に短ければ排便障害はほぼ起きると考えていてよいでしょう。

Q)どんな症状が起こるのでしょうか?

いろいろな症状がでます。

  1. 一番よく起こるのは、排便回数の増加です。手術後に一日に5~6回、多い人では10回以上排便をするようになります。
  2. 1回に排便する量が少なくなります。
  3. トイレで排便した後も肛門の近くに便が残っている感じ、いわゆる残便感がでます。よって、トイレから出た後にまたすぐにトイレに行きたくなります。
  4. 普通に生活しているとこにある時突然便意を催すことがあります。
  5. 便が自然に肛門からもれる、いわゆる便失禁が起こることもあります。程度が重くなると、日常生活でもパッドなどを下着の下につけることもあります。
  6. まれですが、手術の後に便秘になる人もいます。

Q)いったん症状がでた場合、その後の経過はどうなるのでしょうか?

 症状は数か月から数年かけて徐々に改善します。しかし、中には何年たってもほとんど改善しない人もいます。

Q)症状を治す治療法はありますか?

 まずは薬などの保存的治療と呼ばれる手段から始めて、効果をみてから外科的治療など次の治療法を考えます。

保存的治療

  1. 薬:止痢剤やポリカルボフィル・カルシウムを使用します。ポリカルボフィル・カルシウムは過敏性腸症候群のための薬剤で便を適度な硬さにして排便機能を整える働きをし、ある程度の効果が期待できます。
  2. 骨盤体操:自分の肛門を締める運動を毎日行う骨盤体操と呼ばれる運動療法もありますが、効果には限界があります。
  3. バイオフィードバック:ごく限られた施設で行われている治療法もあります。特殊な装置を利用して、自分の肛門を締めたときの圧の上昇を目で見ながらトレーニングする方法です。

外科的治療

  1. 仙骨神経刺激療法:重度の便失禁に対しては仙骨神経刺激療法と呼ばれる新しい治療法があります。仙骨神経を刺激するペースメーカーのような装置を腰の皮下に埋め込む治療です。治療を開始する以前に約2週間、効果の有無を仮の装置で試すことができます。
  2. 人工肛門造設術:あらゆる治療を行った後でも、患者さんの満足する生活の質が得られない場合は、最終的な手段として、人工肛門の造設があります。これは、直腸癌の手術を受けた病院の担当の先生と十分な話し合いをした後に行う治療法です。

おわりに

 直腸癌の手術を受ける前には、患者さんはだれでも、自分の体から「癌を取り除くこと」に気を取られていて、手術の後にどんなことが起こるかについては、考える余裕もないと思います。手術前に担当医から、術後の排便障害について説明を受けていたとしても、実際にはそのことを憶えておられない方もおられます。排便障害の程度が重かったり、長期化する場合はセカンドオピニオンを得るために専門の施設を受診することも可能です。

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