一般社団法人 日本大腸肛門病学会

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大腸の病気

大腸癌の化学療法

最終更新日: December 01, 2023

独立行政法人 国立病院機構 災害医療センター 植竹 宏之


 近年の大腸癌治療の進歩は目覚ましく、最も有効な治療である手術は大きく進歩しています。手術のほかに大腸癌の治療成績を改善している治療法の一つは化学療法(抗癌剤治療)です。
大腸癌に対する化学療法は以下の(1)および(2)の場合に施行されます。

(1)手術後の再発を防ぐために実施される化学療法(補助化学療法) ~どんな患者さんに、どんな薬を、どれくらいの期間?~

 手術で大腸癌がすべて取り切れた場合でも、目に見えない癌細胞が体の中に残存している場合があります。その細胞レベルの癌が大きくなり、CTスキャンなどの検査でとらえられるようになったり、触れるようになったり、痛みがでた時などに再発と診断されます。再発率を低下させ、生存率を向上させる目的で行われる手術後の化学療法(通常術後8週間以内に開始します)を「術後補助化学療法」といいます。
 術後の病理検査においてリンパ節転移が認められた場合(ステージ3)や、リンパ節転移がなくてもがんの悪性度が高いと判断された場合(ハイリスクステージ2)には、手術後に抗癌剤を投与することにより再発率を低下させることが証明されています。 どのような抗癌剤をどのくらいの期間投与するか、長く議論がありました。しかし2017年以降、日本の患者さんを含む大規模な臨床試験の結果が複数公表され、日本においても近年は、「大腸癌の術後補助化学療法の標準治療はCAPOX療法(カペシタビン内服+オキサリプラチン点滴)あるいはFOLFOX療法(5-FU・ロイコボリン・オキサリプラチン点滴)3か月である。再発リスクが高い症例には最長6か月投与を目指す。再発リスクが低い症例や合併症を持っている症例、高齢者などには内服薬のみ投与というオプションも許容される」ことが専門家の中で広く受け入れられ、大腸癌治療ガイドラインにも記載されています。内服薬や5-FU・ロイコボリンのみの点滴(6か月間)に比し、オキサリプラチンを併用すると手足のしびれなどの副作用が懸念されていました。しかし臨床試験の結果では、3か月間の投与ならオキサリプラチンの副作用も十分低く抑えられ、再発予防効果も十分であることがわかりました。
 最先端の研究として、遺伝子検査などで患者さんそれぞれに最適な術後補助化学療法を選択する方法が検討されています。
 肝臓や肺などに転移した病変は、切除可能ならば切除するのが最も良い治療です。そのような転移病変を切除した後の補助化学療法について、有効性に関する明確なデータはありません。

(2)再発の患者さん、切除困難あるいは切除不能な患者さんに対する化学療法 ~患者さん個々に最適な薬物を選択する時代に~

 発見時に手術の対象となり得ない大腸癌や再発が確認された場合には化学療法が選択されます(切除可能な場合には手術が考慮されます)。通常は「臓器の機能が良好で日中の半分以上は起きていて身の回りのことが自分でできる(全身状態を示すパフォーマンス・ステータスが2より良好)患者さん」が化学療法の対象となります。化学療法は、いくつかの薬剤を併用する「多剤併用療法」が基本です。オキサリプラチン併用療法にはCAPOX療法、FOLFOX療法などがあります(これらは補助化学療法と同じ薬剤の組み合わせです)。一方、イリノテカンを5-FU/LV療法に併用するFOLFIRI療法なども推奨されています。オキサリプラチンとイリノテカンを同時に投与するFOLFOXIRI療法も、強い副作用に耐えられると判断される患者さんに有効な治療法です。複数の大規模臨床試験の結果を踏まえ、現在の大腸癌治療ガイドラインでは、これらの化学療法に分子標的治療薬を併用することが標準治療となっています。分子標的治療薬には,がん細胞の生存・増殖,転移に必須である腫瘍血管の新生を阻害するベバシズマブ、アフリベルセプト、ラムシルマブ、がん細胞の生存・増殖のシグナルをコントロールする上皮成長因子受容体(EGFR)を標的としたセツキシマブとパニツムマブ(RAS遺伝子検査で変異がない腫瘍に対してのみ効果が期待できます)があります。分子標的治療薬の併用療法による効果には個人差がありますが,CTスキャンなどの画像上、約60%の患者さんにおいて癌が30%以上縮小(治療効果が十分と判断する基準)します。また、抗癌剤を受けなかった場合の生存期間の中央値は6か月ですが、受けた場合のそれは30か月を超えるというデータが複数発表されています。画像上がんが消失する場合や、当初手術が不可能な状態だったにもかかわらず化学療法後に手術が可能となる場合もあります。化学療法による副作用は薬剤ごとに異なりますが、骨髄抑制(白血球が減って感染症にかかり易くなったり、貧血が現れたりします)、消化器症状(吐き気など)、脱毛、末梢神経障害(しびれたり,ものが持ちにくくなったりします。オキサリプラチンの投与で出現しやすいことが知られています)、下痢などが代表的です。分子標的治療薬の出現しやすい副作用としては,血管新生阻害剤では高血圧,鼻出血、血栓を作るなどがあり、セツキシマブ、パニツムマブでは皮膚障害など、特殊な副作用が起こり得ます。
 ここ数年の研究では、大腸のどの部位(右側=盲腸、上行結腸、横行結腸。左側=下行結腸、S状結腸、直腸)の腫瘍かにより、選ぶべき化学療法が異なると報告されています。また、腫瘍の遺伝子検査の結果により、免疫療法やBRAF阻害剤、抗HER2療法の効果が期待できる患者さんの抽出(いずれも全患者さんの2-5%ほどです)も行われています。腫瘍の特性や患者さんの体質、希望によって最適な化学療法を選択する時代が訪れつつあると考えられます。

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