一般社団法人 日本大腸肛門病学会

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排便障害

出産後の便失禁

最終更新日: September 10, 2018

亀田総合病院 消化器外科 高橋 知子


はじめに

便失禁とは便のコントロールが上手くいかない状態のことです。自分の意思に反して肛門から便が漏れる状態です。ここでは分娩を契機に生じた便失禁について述べていきます。

どんな原因で起こるのか

出産直後から数週間までは肛門のみならず膣周囲、尿道周囲の触った感じや、便意や尿意がわかりづらいと感じる人が多いと思います。出産は短時間で胎児の大きな頭や体が骨盤内の臓器や周囲筋肉を押し広げて通過していくため、少なからず骨盤内組織に打撲のようなダメージを与えます。そのため、一時的に便意や尿意、肛門をしめる感覚が鈍くなることがあります。多くの方では出産後1ヶ月を経過する間に肛門周囲の感覚は戻ってくるはずです。
出産後1ヶ月経過しても肛門をしめることが難しい、便失禁が改善しない場合は次にあげる2つの可能性があります。
一つ目は肛門をしめる筋肉である肛門括約筋の損傷です。経膣出産時に膣の出口から肛門の方向へ切れてしまうことを分娩時会陰裂傷と言います。その中でも第3度と第4度分娩時会陰裂傷とはこの肛門括約筋まで切れてしまうことを指します。第3、4度分娩時会陰裂傷の発生時には通常は産婦人科医により切れた筋肉の縫合がなされます、しかしながら修復が不十分な場合には便失禁が生じることがあります。
2つ目は、肛門を支配する陰部神経のダメージです。この神経は骨盤内の仙骨という部分から肛門近くまで伸びている神経であり、分娩時間が長いと神経が引き伸ばされてダメージが生じ、便失禁が起こることがあると言われています。

発生頻度はどれくらいか

残念ながら日本でのデーターはありません。海外での報告では出産から6ヶ月間で4人に1人以上の人がガスや便の漏れの経験があると言っています。

どのタイミングでどんな病院へ行ったら良いのか?

出産後から1ヶ月経過しても便失禁の症状があるようなら専門病院を受診すると良いでしょう。肛門括約筋の損傷の有無を正確に診断できるのは、肛門管超音波検査です。この検査ができる病院をまずは探すと良いと思います。

具体的な治療はなにか?

まず、出産時に肛門括約筋の損傷があった場合は、直ぐに切れた肛門括約筋を縫合することが重要とされています。切れた範囲が大きい場合は、手術室などの設備のしっかりした場所で麻酔をかけ肛門括約筋を縫合する肛門括約筋修復手術をすることを海外では推奨されています。

当院では出産後から3ヶ月経過しても便失禁の症状が持続する方へは以下の治療を行なっていきます。
治療は手術を行わない内科的治療と手術を行う外科的治療に分けられます。
肛門管超音波検査で肛門括約筋が切れていない、もしくは損傷の程度が軽度、損傷が十分に手術で修復されている場合にはまずは内科的治療を開始します。
内科的治療の内容については「便失禁」の項目を参照してください。

外科的治療は現時点では2つあります。切れた肛門括約筋を縫い合わせる肛門括約筋修復術と排便に作用する神経を刺激することで便失禁を改善させる仙骨神経刺激療法です。
肛門括約筋修復術の適応は、出産時切れた肛門括約筋が十分に修復されておらず損傷の程度が大きい場合です。この手術の適応となる肛門括約筋の「損傷の程度」ですが、現在も明確な基準はできておらず、意見の分かれるところです。肛門括約筋修復術は手術によって見た目を出産前のように改善することが望めますが、手術後長期間が経過すると肛門の収縮能力が低下するとの報告があります。もう一方の仙骨神経刺激療法は手術後長期間経過しても肛門機能を保つと報告されていますが、磁気を使った検査や治療を受けることができない、5年ごとに電池の交換が必要などのデメリットもあります。どちらの手術を選択するのかは、主治医より各手術の利点・欠点を聞いた上で決めた方が良いでしょう。

出産時に肛門括約筋が完全に断裂し、傷がほとんど修復されず膣と肛門の間の会陰体と呼ばれる皮膚が全くないような場合では、便失禁のみならずコスメティックや性生活への悪影響が大きいため肛門括約筋修復手術を勧めています。

自身でできることはあるのか?

出産から1ヶ月間の肛門周囲の感覚が戻らない時期には無理に肛門をしめる体操をすることは必要ありません。まずはダメージを受けた肛門周囲や骨盤底に負担をかけないようにして回復するのを待ちます。具体的には便を硬くならないように(形はあるが軟らかいが最適)、トイレの時間をできるだけ短くする、重いものを持ったり、長時間の立ちっぱなしを避けることです。

おわりに

幸せな出産の中での便失禁という状態はとてもショックを受ける出来事かと思います。しかしながら現在は多くの治療法も存在しますので前向きにあきらめないでください。また、せっかく授かったお子さんの可愛らしい時期ですので、あせらず子育ても楽しみながら治療していきましょう。

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