埼玉医科大学総合医療センター 消化管・一般外科 石田 秀行
遺伝性大腸がんについてQ&A方式で解説します。
目次
Q1.家族に大腸がんが多いのですが、遺伝性でしょうか?
Q2.遺伝性大腸がんにはどのような特徴があるのでしょうか?
Q3.遺伝性大腸がんはどのように遺伝するのでしょうか?また、遺伝していれば必ず大腸がんを発症するのでしょうか?
Q4.遺伝性大腸がんの可能性があると言われました。遺伝子検査を受ける必要があるのでしょうか?
Q5.主な遺伝性大腸がんの種類と頻度を教えて下さい。
Q6.家族性大腸ポリポーシス(家族性大腸腺腫症)について
Q6-1.どのような病気ですか?
Q6-2.どのように診断されるのですか?
Q6-3.大腸がん以外に注意する腫瘍はありますか?
Q6-4.大腸に対してどんな治療法や予防法がありますか?
Q6-5.どのような手術が行われるのでしょうか?
Q6-6.大腸を切除して大丈夫でしょうか?
Q6-7.大腸以外の臓器の検査は必要なのでしょうか?
Q7.リンチ症候群について
Q7-1.どういう病気ですか?
Q7-2.どのような病気ですか?(続き)
Q7-3.マイクロサテライト不安定性検査とミスマッチ修復たんぱく質欠損について
Q7-4.どうやって診断されるのですか?
Q7-5.どのような検査を受けていく必要がありますか?
Q7-6.大腸内視鏡検査以外に大腸がんの予防法がありますか?
Q7-7.薬物療法(抗がん剤)は有効ですか?
Q1.家族に大腸がんが多いのですが、遺伝性でしょうか?
回答
遺伝性の可能性がありますが、遺伝性大腸がんの頻度は高くはなく、専門医の診断を受けることをお勧めします。
解説
すべての大腸癌がんの70%前後は、加齢や生活習慣や環境因子(運動不足、高脂肪食・低線維食の摂取など)などの影響を受けて正常な大腸の粘膜細胞に遺伝子異常が積み重なって発生すると考えられています。これらを一般に「散発性大腸がん」と言います。
一方、生まれながらにある遺伝子の一部に異常があり、それが原因で大腸がんが発生することがあります。これを「遺伝性大腸がん」と言います。遺伝性大腸がんはすべての大腸癌の5%程度で、血縁者(親・兄弟・おじ・おば・おい・めい・いとこなど)に高頻度で大腸がんが発生します。原因となる遺伝子の異常を血縁者間で共有しているからです。
全大腸がんの20~30%では近親者の複数名に大腸がんが認められるものの、原因となる遺伝子異常との関係は明らかでないものがあります。これらを「家族集積性大腸がん」あるいは「家族性大腸がん」と言います(図1)。
メモ
「家族性大腸がん」に「遺伝性大腸がん」を含める考え方がありますが、現在は両方を区別する傾向にあります。
Q2.遺伝性大腸がんにはどのような特徴があるのでしょうか?
回答
遺伝性大腸がんは①若年(おおむね40歳未満)で発症しやすい、②大腸がんが繰り返しできやすい、③一度に複数の大腸がんができやすい、④大腸以外の臓器にもがんができやすい、⑤大腸をはじめ胃や小腸に多数のポリープができる(下記メモ参照)ある、といった特徴があります(表1)。
解説
遺伝性大腸がんの多くは、「がん抑制遺伝子」に分類される遺伝子の異常で発生します。がん抑制遺伝子は、両親それぞれから一つずつ受け継いだ遺伝子が、いわば2つのブレーキ役として発がんを抑制しています。大腸粘膜において、そのブレーキの機能が二つとも壊れると発がんに進んでいきます。「遺伝性大腸がん」では「散発性大腸がん」より発がんに対するある遺伝子のブレーキが生まれつき壊れており、2つ目のブレーキが壊れるまでの期間が「散発性大腸がん」より早いため、若年で発症しやすく、また何回もがんを発症すると考えられています(図2)。また「遺伝性大腸がん」の原因遺伝子の異常は、からだのすべての細胞において生まれつきおきていますので、大腸以外の臓器にも腫瘍(がん)が発症しやすいと考えられています。
メモ
ポリープが多数あることを「ポリポーシス」と呼びます。ポリポーシスは大腸だけでなく、胃や小腸にも認めることがあります。以前はポリープが100個以上ある場合に「ポリポ―シス」と呼んでいた時代がありますが、現在はポリープ数に関する明確な決まりはありません。遺伝性大腸がんは「ポリポーシス性」と「非ポリポーシス性」に大別することが出来ます。「ポリポーシス性」の多くは「遺伝性大腸がん」と関係があります。
Q3.遺伝性大腸がんはどのように遺伝するのでしょうか?また、遺伝していれば必ず大腸がんを発症するのでしょうか?
回答
親から子へ、50%の確率で原因遺伝子が受け継がれる場合(顕性遺伝)と、両親二人ともに原因遺伝子の異常があっても発病せず、子供に症状(大腸がんやポリポーシス)が表れる場合(潜性遺伝)があります(図3)。顕性遺伝形式の遺伝性大腸がんにおいては、原因遺伝子の異常を持っていても、必ずしも病気(大腸がんやポリポーシス)を発症しないこともあります。
解説
遺伝性大腸がんの原因遺伝子の大部分は「がん抑制遺伝子」と呼ばれるものです。がん抑制遺伝子の異常を有している両親のいずれか(例えば父親)から、一組(2つ)のいうちの一方、つまり異常のある遺伝子を受け継げば、遺伝性大腸がんを発症する可能性が高くなります。しかしながら、原因遺伝子に異常があっても、放置すれば100%発症する病気から、まったく大腸がんを発症しないこともあります。民間用語として、祖父は発症、父は未発症、孫は発症の場合、「隔世遺伝」という表現が使われることがありますが、この用語は医学的には正しくありません。原因遺伝子の異常は受け継がれるか、受け継がれないかのどちらかであり、上記の場合、父親には原因遺伝子異常は受け継いでいるが、病気(がん)として発症していないだけです。また両親から受け継いだ両方の遺伝子のいずれにも異常がある場合にしか発症しない、潜性遺伝形式をとる遺伝性大腸がんも知られています。この場合、血縁者の中での大腸がん発症者は多くなく、例えば「両親は未発症、子供3人中2人が発症」のような場合などに疑われます。
メモ
遺伝用語の呼び方ですが、「優性遺伝」→「顕性遺伝」、「劣性遺伝」→「潜性遺伝」とすることが2022年に日本医学会から通達され、今後は「優性」、「劣性」は用いられなくなると考えられます。遺伝性大腸がんの場合、性別を決める性染色体ではなく、常染色体の中に含まれる遺伝子異常で発症しますので、遺伝の形式として、「常染色体顕性遺伝」あるいは「常染色体潜性遺伝」が用いられることになります。
Q4.遺伝性大腸がんの可能性があると言われました。遺伝子検査を受ける必要があるのでしょうか?
回答
遺伝子検査を受けないと遺伝性大腸がんと診断できないケースでは、遺伝子検査によって正確な診断を受けることが望ましいと考えられます。
解説
発症した大腸がんだけから遺伝性大腸がんと診断することはできません。病気の種類によっては、典型的なポリポーシスの特徴(数・臓器)などから遺伝性大腸がんと診断できる場合があります。一方、生まれつきもった遺伝子異常を遺伝子検査で確認しないかぎり、病気が診断できない場合があります。前者の代表として家族性大腸ポリポーシス、後者の代表としてリンチ症候群があげられます(後述)。
メモ
遺伝子検査では血液中の白血球を用いて、DNAの塩基配列を決定する方法が一般的に用いられています。3ml程度の採血が必要になります。遺伝子検査のことを「遺伝学的検査」と担当医や認定遺伝カウンセラーから説明されることがあります。専門的には「遺伝学的検査」が正しい表現です。2022年10月現在、遺伝性大腸がんを診断するための遺伝子検査は保険診療では認められていません。専門施設・大学病院などで研究の一環として、あるいは自費診療での検査になります。遺伝子検査を受けることを担当医から提案された場合には、認定遺伝カウンセラーや遺伝性腫瘍に関する専門的知識をもった医師に相談することをお勧めします。
Q5.主な遺伝性大腸がんの種類と頻度を教えて下さい。
回答
ポリポーシス性の遺伝性大腸がんとして、家族性大腸ポリポーシス(家族性大腸腺腫症)、MUTYH関連ポリポーシス、ポイツ・ジェガース症候群、若年性ポリポーシス症候群、PTEN過誤腫症候群(カウデン症候群)などが知られています。これらのうち、MUTYH関連ポリポーシスだけが常染色体潜性遺伝、それ以外は常染色体顕性遺伝です。非ポリポーシス性大腸癌として、リンチ症候群が代表的で、常染色体優性遺伝です。
解説
おもな遺伝性大腸がんの種類、原因遺伝子、遺伝形式、一般人口に対する割合について、表2に示します。一般人口に対する割合について、日本におけるデータはきわめて少なく、実態は不明です。
Q6-1.家族性大腸ポリポーシス(家族性大腸腺腫症)と診断されました。どのような病気ですか?
回答
家族性大腸ポリポーシスは、大腸に通常100個以上のポリープ(専門的には腺腫と言います)を認め(図4)、放置すれば60歳頃には90%以上の患者さんに大腸がんを発症します。細胞の増殖のコントロールする働きに関係する遺伝子であるAPCの生まれつきの異常によって発症すると考えられています。
解説
ポリポーシス性遺伝性大腸がんの中では最も頻度が高く、代表的な病気です。大腸がんができる前に大腸を切除することが標準治療で、保険診療で受けることが出来ます。また、大腸以外の臓器にもさまざまな病変が発生することがあり(表3)、生涯にわたり家族性大腸ポリポーシスに関する知識を十分持った医師を定期的に受診する必要があります。ご本人だけでなく血縁者の方に対する医学的なマネージメントも必要です。
Q6-2.どのように診断されるのですか?
回答
以下の解説I、II、III のいずれかに当てはまる場合に、家族性大腸ポリポーシスと診断できます。
解説
I. ご本人に大腸ポリポーシスを認め、親・兄弟などの血縁者にも大腸ポリポーシスを認めた場合
II. 血縁者の中には大腸ポリポーシスを認めないものの、ご本人には大腸ポリポーシスや、そのほかにこの病気に特徴的な所見(胃底腺ポリポーシス、十二指腸ポリポーシス、デスモイド腫瘍など:後述)を認める場合
III. 遺伝子検査で原因遺伝子であるAPCの生まれつきの異常が確認された場合。
大腸ポリープが100個に満たないポリポーシスの場合、遺伝子検査で診断しなくてはならない場合があります。また、家族性大腸ポリポーシスの患者さんの大腸ポリープの数は加齢に従って増加していきますが、20歳ぐらいでは通常100個を超えています。
Q6-3.大腸がん以外に注意する腫瘍はありますか?
回答
胃。十二指腸、乳頭部、甲状腺(女性)、肝臓(小児)などに良性・悪性の腫瘍が出来やすいことがわかっています。デスモイド腫瘍にも注意が必要です。
解説
胃底腺ポリポーシス(胃の上側3分の2に良性のポリープが多発)、十二指腸ポリポーシス(70歳ぐらいまでには90%程度に確認できます。40歳ぐらいから個数が増えます。十二指腸がんの原因になります)、十二指腸乳頭部腫瘍(胆汁と膵液の出口が十二指腸に開口しています。この部位を乳頭と言います。この乳頭には良性腫瘍が出来やすく、また悪性化して乳頭部がんの原因になります)、甲状腺乳頭がん(若い女性に多く発生します)、肝芽腫(かんがしゅ)(小児がんの一種です)、デスモイド腫瘍(腹壁や、おなかの中にできます。特に大腸の手術の後にできやすいことが知られています。良性腫瘍の一種と考えられていますが、急速に大きくなって、臓器への圧迫症状を認めることがあります)、などが大腸以外に注意すべき病変です。
Q6-4.大腸に対してどんな治療法や予防法がありますか?
回答
内視鏡では治療ができない大腸がんを発症する前に大腸を切除する外科治療が一般的です。
解説
大腸がんを発症する前(通常20歳代後半までを目安)に大腸あるいは結腸のすべてを切除する外科治療(予防的大腸切除)が一般的です。ポリープがたくさんできることによる下痢や貧血が手術の理由となることもあります。大腸がんを発症した際に、家族性大腸ポリポーシスと診断された場合は、がんのステージに応じた治療との総合判断で治療方針が様々になります。
メモ
家族性大腸ポリポーシスに対し、内視鏡を用いて大腸ポリープを一度に多数切除する治療が2022年以降、保険診療で認められています。この治療が大腸切除の代替治療になり得るかどうかはまだ不明です。
Q6-5.どのような手術が行われるのでしょうか?
回答
大腸のすべて(あるいはほぼすべて)、結腸のすべてを切除する手術が広く行われています。
解説
大腸全摘・回腸嚢肛門吻合術と、結腸全摘・回腸直腸吻合術が代表的な術式です(図5)。
大腸全摘・回腸肛門吻合術には、直腸の粘膜をほぼ完全に取り除く術式と、2~3㎝程度の直腸粘膜が残る術式(大腸全摘・回腸嚢肛門管吻合術)があります。回腸嚢とは、小腸の一番大腸寄りの回腸を用いて“便を貯めておく袋”を作ります。結腸全摘・回腸直腸吻合術では15cm程度の直腸が残りますので、残った直腸にできるポリープに対する内視鏡検査を定期的に生涯にわたって行う必要があります。
メモ
直腸粘膜を完全に取り除くために、肛門より1~2cm奥の歯状線という部位から剥離を行います。回腸嚢”肛門”吻合術という名称が与えられていますが、厳密には回腸嚢と歯状線をつなぎます(図5左 参照)。
Q6-6.大腸を切除して大丈夫でしょうか?
回答
手術の種類にかかわらず、大部分の方で社会生活に大きな問題はありません。
解説
大腸には水分の吸収のほかに便を移動・貯留させる働きがあります。小腸では消化管内の約80%の水分を吸収していますが、大腸が切除された分を小腸が補うことができないため、大腸全摘術あるいは結腸全摘術の後には泥状あるいは水様便になることが普通です。一日の排便回数は大腸全摘・回腸嚢肛門吻合術では6回前後、結腸全摘・回腸直腸吻合術では3回前後の方が多いのですが、個人差があります。また、下痢止めの薬(ロペラミドなど)を術後に内服する患者さんは多くおられます。手術を受ける際には、術式の長所・短所と将来の大腸がん発症のリスクや検査などについても十分な情報を得て、術式を選択して下さい。
Q6-7.大腸以外の臓器の検査は必要なのでしょうか?
回答
専門の先生による定期受診することをお勧めします。十二指腸や直腸(手術をしても残っている方)の検査が特に重要です。
解説
大腸の治療やその他の病変の合併しやすさには個人差があり、患者さんが一律同じような検査を受けるわけではありません。しかし、十二指腸ポリポーシス、直腸がん(直腸を少しでも残す手術後)に対する内視鏡検査は特に重要です。生涯にわたり腸以外の病変にも気を付ける必要があることを忘れないで下さい。専門医の先生から、おおむね診療ガイドライン(例:遺伝性大腸癌診療ガイドライン、大腸癌研究会編)に準拠した定期検査が提案されると思います。
Q7-1.担当医からリンチ症候群の疑いがあると言われました。どういうことでしょうか?
回答
あなたにできた大腸がんの特徴や、家族歴からリンチ症候群にできやすい腫瘍を発症した血縁者が多いことから疑われていると思います。あるいは、あなたがかかった大腸がんを詳しく検査した結果、リンチ症候群の可能性がある「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)」あるいは「ミスマッチ修復たんぱく質の欠損」という所見があったということが考えられます。
解説
あなたが若年で大腸癌を発症していて大腸がんや子宮内膜がんなど、リンチ症候群に発生しやすい腫瘍が血縁者に多い場合、リンチ症候群と診断されれば、ご本人の今後の医学的管理(定期検査など)や血縁者の方への対応(リンチ症候群かどうかの診断や、リンチ症候群であった場合の定期検査)が可能になり、遺伝子検査を受けてリンチ症候群かどうかを明らかにすることはきわめて大切です。また、免疫チェックポイント阻害薬といった特殊な抗がん剤の効果が非常に高いことが知られています。一方、遺伝子検査を受けるかどうかは個人の自由意思に基づいて決定されるものです。遺伝子検査を受けるかどうかは認定遺伝カウンセラーや専門的知識を有する医師に相談し、ご自身で判断することをお勧めします。
現在、通常の保険診療として、切除した大腸がんについて「マイクロサテライト(MSI)不安定性」や「ミスマッチ修復たんぱく質」を調べることができます。「MSI-High」あるいは「ミスマッチ修復たんぱく質の欠損」の所見(7-3で説明します)の結果であれば、担当医からリンチ症候群の疑いがある、と伝えられる可能性があります。
Q7-2.どのような病気ですか?
回答
大腸がん、子宮内膜がん、胃がん、小腸がん、胆道がん、腎盂・尿管がん、脳腫瘍などが発症しやすい常染色体顕性形式の遺伝性疾患です。特に大腸や子宮内膜がんの発生頻度が高いことが知られており、遺伝性大腸がんとしては最も頻度の高い病気です。原因遺伝子として、ミスマッチ修復に関連した5種類(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2、EPCAM)の遺伝子が知られています。原因遺伝子異常の結果、腫瘍はミスマッチ修復欠損という特殊な状態を生じます。
解説
リンチ症候群にできやすい腫瘍は大腸がん以外にも多く知られています。重要なのは、リンチ症候群の原因遺伝子の異常を生まれつき持っていても、生涯のうちに必ずしも腫瘍を発生するわけではないことです。日本のデータではありませんが、近年遠因遺伝子別の発がん頻度が公表されています(表4)。
細胞が分裂する際にはDNAの複製が行われますが、その際にある一定の割合で間違いが生じます。リンチ症候群はDNA複製の間違いを元通りに修復する働きをするたんぱく質(ミスマッチ修復たんぱく質)が正常に作られないために、さまざまながんを発症する病気です。リンチ症候群の原因遺伝子として知られているミスマッチ修復遺伝子にはMLH1、MSH2、MSH6、PMS2が知られており、リンチ症候群の方ではこれらの遺伝子のどれかに異常が起こっています(EPCAMはミスマッチ修復遺伝子ではありませんが、異常が生じるとミスマッチ修復遺伝子のひとつであるMSH2の働きを阻害するため、現在ではリンチ症候群の原因遺伝子と考えられています)。
Q7-3.マイクロサテライト不安定性検査とミスマッチ修復たんぱく質欠損の有無を調べる検査について、わかりやすく教えて下さい。
回答
マイクロサテライト不安定性検査はミスマッチ修復機能が正常に働いていないことを調べる検査です。ミスマッチ修復たんぱく質欠損の有無を調べる検査は、正常なミスマッチ修復たんぱく質が細胞で作られていないかどうかを判定する特殊な病理検査法で、免疫組織化学検査と呼ばれることもあります。いずれもミスマッチ修復機能が正常に働いていないことを評価するための検査方法です。
解説
マイクロサテライト不安定性(MSI)とは、DNAの複製の際に生じる塩基配列の間違いを修復する機能の低下により、マイクロサテライト反復配列が腫瘍組織において非腫瘍(正常)組織と異なる反復回数を示す現象です(マイクロサテライト:DNAの中で、1~数塩基程度の短い反復配列を示す場所)(図6)。MSI検査は、腫瘍組織および非腫瘍組織から取り出したDNAからマイクロサテライト反復配列を含む領域をPCRという特殊な方法で増幅し、マイクロサテライト配列の反復回数を比較する検査です。腫瘍組織と非腫瘍組織を比べて、腫瘍組織におけるマイクロサテライトマーカーの反復回数が変化していれば「マイクロサテライト不安定性(MSI)陽性」と判定します。MSI陽性のマーカーの割合が高ければ(例えば40%以上)、MSI-Highと判定されます(図7)。これが従来の検査法ですが、現在は腫瘍組織だけでも検査が可能になってきています(https://www.falco-genetics.com/msi/ 参照)。MSI-Highの判定はがんゲノム検査で用いられる次世代シークエンス法という方法でも調べることができます。
ミスマッチ修復たんぱく質の免疫組織化学検査とは、ミスマッチ修復遺伝子が作る蛋白質(ミスマッチ修復蛋白質)の存在をがん組織(がん細胞の核)で確認する特殊な病理検査です。リンチ症候群に伴うほとんどの腫瘍でこれらの蛋白質のひとつ以上の消失が認められます(図8)。MSI-Highとミスマッチ修復たんぱく質欠損(発現消失とも言われます)には高い一致率を認めます。
Q7-4.どうやって診断されるのですか?
回答
遺伝子検査(遺伝学的検査)の結果が陽性である場合のみ、診断できます。言い換えればリンチ症候群の診断は遺伝子検査によってのみ行われます。
解説
血液を採取して、その中の白血球のDNAを抽出します。MLH1、MSH2、MSH6、PMS2、EPCAM
の5つの遺伝子に生まれつきの変化、つまり異常があるかどうかを調べます。この検査で陽性(原因遺伝子の異常がミスマッチ修復の働きに繋がると判定された場合)、リンチ症候群と診断されます。MSI-Highあるいはミスマッチ修復たんぱく質の欠損の所見があって、リンチ症候群を疑うがんが血縁者に多くても、それだけではリンチ症候群と診断することはできません(リンチ症候群以外にも、MSI-Highあるいはミスマッチ修復たんぱく質の欠損が生じることが知られているからです)。
Q7-5.どのような検査を受けていく必要がありますか?
回答
リンチ症候群の方では、小さくて平らな大腸ポリープが大腸がんの前がん病変となり得ることが知られています。定期的な大腸内視鏡検査を受けて下さい。その他の検査についても主治医とよく相談して下さい。
解説
リンチ症候群の方の定期検査を行うことはきわめて重要です。定期的に大腸内視鏡検査を行った場合と行わなかった場合を比較したところ、定期的に行った方が大腸がんの発生を抑制し、亡リスクを減らす可能性があることがわかっています。大腸がんを発症の有無にかかわらず、1~2年に1回の大腸内視鏡検査を受けることがきわめて重要です。また、大腸内視鏡以外にリンチ症候群の方の死亡リスクを減らす検査法は知られていませんが、表に示した検査法が専門家から提案されています(表5)。主治医とよく相談して下さい。
Q7-6.大腸内視鏡検査以外に大腸がんの予防法があるのでしょうか?
回答
生活習慣の改善がすすめられます。
解説
生活習慣の改善、つまり禁煙、適正体重の維持、ビタミンやカルシウム、果物の摂取、節度ある飲酒などがリンチ症候群の大腸がんの予防、あるいは大腸がんの前がん病変のポリープ発生の抑制に有効であることがいくつかの研究で報告されています。アスピリンの内服がリンチ症候群のさまざまな腫瘍の発生を抑制することが知られていますが、まだ保険診療で認められている予防法ではありません。リンチ症候群の腫瘍発生を抑制する試みとして、ワクチンの開発も期待されていますが、まだ研究段階にあります。
Q7-7.薬物療法(抗がん剤)は有効ですか?
回答
大腸がんであってもそれ以外のがんでも、MSI-Highあるいはミスマッチ修復たんぱく質欠損の所見があれば、免疫チェックポイント阻害剤の効果が期待できます。
解説
免疫チェックポイント阻害薬は現在数多くの悪性腫瘍に用いられています。特に、リンチ症候群の大腸がんでは90%以上でMSI-Highあるいはミスマッチ修復たんぱく質欠損を認めます。これらの所見を認めれば、切除ができない高度進行あるいは再発大腸がんに対し、ぺムブロリツマブ、ニボルマブ、イピリムマブといった免疫チェックポイント阻害薬を保険診療下で使用することが出きます。また、大腸がん以外の腫瘍でも、MSI-Highの所見があれば、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できます。薬物療法に精通した医師に相談して下さい。
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