大阪肛門科診療所 佐々木 みのり
悩ましい肛門のかゆみ。誰にも相談できず一人で悩んでいる人も多いことでしょう。何科を受診したら良いのかも分からず、こっそり薬局で塗り薬を購入して使ってみたけれど、一時的に良くなるものの再発を繰り返し悪化させているケースも多いです。誤った自己診断・自己治療は危険。勇気を出して肛門科を受診しましょう。
肛門のかゆみを引き起こす病気は大きく分けて2つ
かゆみに限らず肛門に異変があると痔を連想する人が多いですが、かゆみを引き起こす痔は少ないです。肛門のかゆみのほとんどが「肛門そうよう症」です。
肛門のかゆみを引き起こす病気は
肛門そうよう症 >> 肛門そうよう症以外の病気
の2つに大別できます。
なぜかゆみが引き起こされているのか?
その原因を突き止め、そこを根本的に解決しなければ、どんな外用剤を塗って治療しても、また何度でもかゆくなります。だから「かゆみの原因」を知ることが大切。そのためには適切な診断が必須となります。
肛門そうよう症なのか、肛門そうよう症ではないのか?
肛門そうよう症でないのであればどういう皮膚病なのか?
疾患によっては肛門科にかかるのか、皮膚科にかかるのか、その先にある治療も違ってくるため、かゆみの原因を突き止めることが大切です。
また痔によってかゆみが引き起こされることがありますが、かゆみは痔の主症状ではありません。従って、かゆみの治療のために痔の手術をするという選択は慎重に行う必要があります。
せっかく手術を受けたのに、かゆみが治らない・・・
という悲しい結末にならないためにも、かゆみの原因を突き止め、手術によってかゆみが改善できるのか、術前に十分検討する姿勢が大切です。
1.肛門そうよう症
肛門のかゆみのほとんどがこれです。
肛門そうよう症には医学的に明確な定義があります。
「肛囲に原発疹がなくそうよう感があるもの。ただし、掻破により二次的な続発疹をみる。明らかな原疾患が存在するものはこれに含まれない」
皮疹(ひしん)というのは皮膚病変のことです。分かりやすく説明すると、アトピー性皮膚炎や蕁麻疹のように「体の内側から吹き出して出てきた湿疹(原発疹)」ではなく、自分で掻いたりこすったり洗ったりして「人工的に作り上げた湿疹(続発疹)」であるということです。
掻けば掻き傷もできます。
こすり過ぎると皮もめくれるでしょう。
洗い過ぎると皮膚が乾燥します。
だから掻いたりこすったり洗ったりしなければできなかった湿疹なのです。
かゆくても掻いたりこすったり洗ったりしなければ、かゆみは感じるけれど皮膚はキレイな状態のままです。
つまり皮膚病ではありません。
皮膚が悪いわけではないのです。
ここは大切なポイントです。
<肛門そうよう症の症状>
1, かゆみ
はじめは肛門のムズムズ、モゾモゾ感から始まります。排便後と夜間(入浴後)に感じることが多く、悪化するとかゆみで眠れなくなることもあります。掻くことで湿疹ができると、湿疹からは「かゆみ物質」が出るため、「湿疹そのものがかゆい」となり、最後には四六時中かゆくなってしまいます。
2, 痛み
掻くことで皮膚に傷やびらんができるとヒリヒリして水がしみるなどの痛みが発生します。まさしく「痛がゆい」という状態です。痛いので切れ痔と勘違いされるケースもあります。
<肛門そうよう症の皮膚症状>
1, 色素脱失(脱色素斑)
初期は赤くなることが多いですが、慢性化するにつれ白くなっていきます。
これが肛門そうよう症の特徴で「肛門が白くなる病気」と表現されるほど。
2, 浮腫状皮膚
炎症を起こした皮膚が浮腫状になり、肛門周囲にシワが盛り上がって腫れたように感じるため、イボ痔と間違えている患者さんもおられます。
3, 皮膚亀裂
皮膚のシワに沿って亀裂が入り、まるで「あかぎれ」のようになります。
4, びらんなどの掻破痕
わかりやすく言うと「掻き傷」です。
5, 苔癬化
湿疹が慢性化し皮膚がぶ厚くなってゴワゴワした状態。何年も経過した肛門そうよう症に多くみられる所見です。
6, 色素沈着
簡単に言うとシミです。肛門周囲の皮膚が黒っぽくなります。
<肛門そうよう症の原因>
1, 便通
肛門のかゆみの背景には便秘や下痢などの便通異常があることが多いです。
2, 過剰衛生
洗い過ぎ、拭きすぎ、おしりふきなどのケア用品によって皮脂膜が無くなり、皮膚バリアー機能が低下すると、かゆみを選択的に伝える神経線維が皮膚表面まで伸びてきて増殖します。つまりかゆみを感じやすい皮膚になってしまいます。
<肛門そうよう症の治療>
1, 排便管理
かゆみの背景には便通異常があるため、ここを根本的に正さなければ、どんな薬を塗っても再発を繰り返します。
2, ステロイド外用剤漸減療法(日本大腸肛門病学会雑誌に原著論文あり)
湿疹がひどい場合はステロイド外用剤を使います。その際は「ちょこちょこ塗ってダラダラ続けないこと」が大切。リバウンドを起こさないためにはステロイドの強さを薄めて徐々にやめていく漸減療法がベスト。使用は2~3週間を限度にします。湿疹が軽度の場合はステロイドを使用しなくても、白色ワセリンやアズノール軟膏を塗布するだけで軽快します。
3, 正しい肛門の手入れ
- 洗い過ぎない
▶ 温水洗浄便座を使い過ぎない。入浴時に洗う際はこすらないことが大切。 - 3回以上拭かない
▶ トイレットペーパーでやさしくポンポンと押さえ拭き。決してこすらない。キレイに拭き取れない時は便をスッキリ出し切れていない可能性があります。 - おしりケア用品の使用中止
▶ これらのものでかぶれているケースがあるため使わない。かゆみが悪化することもあります。 - 消毒しない
▶ 消毒薬によるかぶれも多く、皮膚バリアーを形成している大切な常在菌まで殺してしまうため使用しない。
2.肛門そうよう症以外の病気
肛門そうよう症以外で、肛門のかゆみを引き起こす病気は以下のようにたくさんあります。
- 皮膚真菌症(カンジダや白癬など)
- かぶれ(ナプキン・外用剤・消毒薬・おしりふきなど)
- 皮膚疾患(アトピー性皮膚炎、乾癬、皮脂欠乏性湿疹、尖圭コンジローマ、パジェット病、ボーエン病、疥癬、硬化性萎縮性苔癬など)
- ぎょう虫症
- 痔疾患(脱肛、痔瘻、裂肛)
上記の疾患の中でも注意が必要なものについて解説します。
怖い肛門のかゆみ
~なかなか治らない湿疹が癌だったということも~
羞恥心から患部を見せずに、病院で薬だけもらっている患者さんがおられますが、これは危険です。なかなか治らない湿疹がパジェット病やボーエン病、有棘細胞癌、悪性黒色腫などの皮膚癌や肛門癌だったというケースがあるからです。だから一人で悩まず肛門科もしくは皮膚科を受診して、癌ではないことだけでも確かめておきましょう。
<癌を疑う2つのポイント>
1, ステロイド外用剤を使用しても効果なく、どんどん悪化していく
通常の湿疹であればステロイド外用剤を2週間程度使用すれば、かゆみもおさまり皮膚症状も改善します。3週間以上使用しても改善しない、何度も繰り返すようであれば要注意。
↑肛門周囲に発生したパジェット病
2, 硬い湿疹
皮膚が硬くゴワゴワしている、それがどんどんひどくなってくるようであれば要注意。
↑肛門癌
↑パジェット病↓
肛門のカビ、皮膚真菌症
肛門に見られるカビで多いのがカンジダ症です。女性の場合、外陰腟カンジダ症があると肛門カンジダ症になりやすいのではないかと心配されることがあるのですが、実際はそのようなケースは少ないです。またかゆみを伴うことも少なく、あっても軽度であることが多いです。汗をかきやすい人や蒸れやすい季節に好発。治療は抗真菌剤を使用すれば2~3週間で完治します。
↑肛門皮膚カンジダ症↑
↓肛門・臀部白癬
真菌症にステロイド外用剤は禁忌
真菌症にステロイドを使用すると菌が増殖し悪化するので使用しない。よく湿疹なのか真菌症なのか判別できないので、ステロイド外用剤と抗真菌剤を同時に処方されたり、2剤を混合して処方されているケースを見かけますが、真逆の治療になりますので、湿疹なのかカビなのか、明確に診断してもらいましょう。
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